歌集「碧翠抄」2004/01-2014/01

2004年

橘が たわわに実る 下り坂 1/4

寒中や 開かぬ寄木の 箱の妙 1/19

春近し 雨の日に聴く 交響楽 2/2

オレンジの 暮れの色染む 二月かな 2/17

名に違え 生気の溢る 蝋梅の ぬくもりを聞く 春ののどけさ 2/19

鳥の声 水も温むか 梅日和 2/19

春の日や 梅見る人の 手に色紙 2/19(3/15改)

花の名を 尋ねて通る 日曜日 3/14

独り夜の 手首に香水 つけてみる 3/14

白鷺が しきりに池を つつく春 3/16

カワサギの 青に驚く 都市の池 3/16

桜日の 無垢に読み汲め 朔太郎 4/1

次の木を 訪ねて歩く 春の道 4/1

町並みの 移ろい行きて 朝顔の 深き紫の 鮮やかさ見る 6/17

ぬくもりに 包まれる夢の 幾年も 聞こえず語れず また秋の朝 9/18<

行く秋や 電車線路を 通る音 10/18

観音の 祠のそばの 紅葉見る 懐広く 静かな世をば 11/9

心寄る 紅葉のあまた 舞う道に いつしか時の 足音ぞ聞く 11/20

譲られて 礼して通る 老婆あり これから我も 往く渡月橋 11/22

原点へ ロシア語動詞 暗唱す 11/22

落ち葉掃き オフィス街にも 土香る 12/22

柚子の香の 湯に沈まりて 四十路かな 12/22

年の瀬や 空に舞い散る 雪の影 12/29

2005年

目に見えぬ 物をも探す 虫眼鏡 事は無しとて 歳経にければ 1/17

解くことは 難かりしかど 冬日向 1/18

大寒に 日伸び影の 移りゆく 空ろに軋む 時の歯車 1/21

今生も 何かの理由 ありて居り ただ旅の果て 添う人あらば 2/1

幾人の 記憶に成るや 名残り雪 2/25

硬蕾 揃う日を待つ 花信風 3/27

陽に緑 春の紅さや ハナミズキ 他に先駆けて 観音堂前 4/22

見ぬ君の 夢のままにて 初夏来たる おのが未熟な 指を眺めて 5/11

先人の 牙城に近づかん 初夏の古書 5/11

傘かしげ 届かぬ便りの 行く末は やはり諦め 雨の道かな 6/12

咳続く 夏に過ぎ行く 雲絶えず 歌こそ無量の 薬となれば 8/2

来る秋に 色映え初むる この街と 何事もなき わが横顔と 9/15

秋雨の 降り満つ音に 一人葉の 色を果たせる この身なりしか 10/16

どれほどに 合わせきれるか 周波数 朔太郎序に 頷く神無月 10/20

秋の夜に 籠もり葉ずれの なかりせば 10/30(11/1改)

霜月に 血液検査の 血の黒き 歌の暦も 四半世紀越え 11/29

落葉樹 マフラー目に付く 師走なり 人も企業も 内な美学を 12/8

輝きを 失う人の 体内で 時計の止まる 音する如く 12/29

「ソビエト」の 文字の残れる 教材が 最新地図に 替わる年の瀬 12/30

2006年

童の詩 なぞる我が手の 爪赤し 雪の名残りの 寒さなるかな 1/26

如月は より短くて 静かなる 音のみを聞く 時計守かな 2/14

雛近く もしもの鏡 覗き見て 縁恵まれての 今とおぼゆる 3/2

梅は梅 桜は桜と 活きしかど 万物生の 温かきかな 3/23

春おぼろ 今にも転ぶと 案じては 彷徨いて観る 花の面影 5/6

鮮やかに 蓮の葉透ける 夏の月 8/4

無花果の 内なる紅に もの思ふ この秋の夜も 縁深からむ 9/5

懐かしさ 溢れるにつけ 思い出は 時の流れを 止めると気づく 10/1

学び事 心地よきかな 透きとほる 春の野の花 秋の夜の月 10/18

2007年

見送りて 我も数日 朝の雪 1/20

冬の空 素直さ明るさ 安かれと 幼き子供も 老いも若きも 1/22

地球ごと 自転の遅く なりし故 個々の時間も 加速ありきか 4/20>

新緑に 羽づくろいする 鴉かな 4/30

黄菖蒲の 風ひとときの 琵琶の声 4/30

ふと揺れて 雨の前触れ 土の風 夏より秋を また待ち侘びる 6/30

いつからか 奏でることを 忘れ来て 言葉を紡ぎ 行かむと思う 7/11

夏雨に 狙いは兜か 永籠城 7/29

御輿見て 行く道に秋 曼珠沙華 10/7

青春の 金木犀の 香り満つ 10/7

冬近し 老白樺が 照らす道 過去を遺産に 未来も忘れず 11/22

2008年

影のかさ 思い淀みて 書く宛名 1/5

北風に かえる小波 蝋梅の 来し方ずれて なすがままかな 1/17

幾度も 北鎌倉を 往く人の 哀しきを観る 冬景色かな 1/26

冬さなか まほろば人を 待ちわびて 1/27

知りし時 まみえし時の いつの間に これほど積みし 時の長さよ 2/28

雨過ぎて わたる土の香 花の色 君を想うと ため息ばかり 5/3

あかねさす 君遠ざかり 過ぎし時 戻らぬものと 諦めもして 5/5

夜半の月 過ぎゆく人の 如何ぱかり 別れの数は 少なくありたし 5/26

張りつめし 月の白さに 安らぎて  湖面は音なく 響き受け入る 6/14-16

夏の月 遙か芳(かぐわ)し 蝉の声 7/14

濃厚な 異名を持つも 秋風に 清楚さ潜ます 彼岸花かな 9/23

幾年を 重ねて遠き 人のさま 自我とはつまり 記憶と感性 10/16(10/25改)

飛行機か 十字の光 のぼりゆく 茜の哀しき 秋の夕暮れ 10/28

琵琶歌の 語りに雨の 挿す夜かな 11/24

冬晴れに 枝の先なる 柿の赤 内あるものを 得まほしきかな 12/11(12/13改)

2009年

飛梅の 分かれて近く ありにけり 2/20

梅の木を 見上げてそこに 霞雲 2/20

タイカレー 辛さに安らぎ 梅雨間近 何ごともなく 過ぎて数年 6/8

雨の朝 戯れ出ずる 月見草 恋のこもごも 未だ見ず来て 6/13

大空へ 背丈保てよ タチアオイ 瑠璃色の海 翡翠吹く風 6/21

雲雀飛ぶ 黄色い帽子の わすれもの 8/4

ひとときの 夏を閉じゆく 蜩(せみ)の声 8/25

霜月に 色万象の もみじかな 11/24

2010年

まだ睦月 くれない色の 蕾咲き 幼な児たちが 列なして行く 1/19

いつになく 香りなきまま 雪の朝 静けさのみぞ あふれこぼるる 2/2

早桜 雪に映えつつ 路(みち)の角 2/2

春近し 水仙の花 透かし雲 2/23

いつとなく 長引く寒さ 春風に 手毬桜の 揺れ惑う白 4/20

夜浅く 祭り調子の 太鼓聞く 7/24

往く秋に 碧き影舞い 落葉散る いつまで保つか 今この我が身 10/19

2011年

あかねさす 思いも多き 春の日に ガラスのチェスの 駒指す如く 3/5>

早朝の 梅雨明け近く みどり輝(て)る 6/29

紫陽花や 他の季節は いずこかな 6/29

青い空 ほのか半月 暮れ惑う すべて移ろう 定めにあれど 7/9-10<

小暑過ぎ 時満開の 栗の花 7/10

時経ちて 行き交う音空や 蝉と鳩 8/25

雲移り 月見え隠れ 秋の空 瞳こらせば 星ふたつみつ 10/6-7

頬つたう 肩幅広く 見える秋 11/11

2012年

初雪や 火宅を超える 法に触れ 解き求めたく 鹿の背に乗り 1/20

筆のみの 伴走者とて 君親し 互い次第で 語らう日も来よ 2/23

寒晴れに ねぷた三味線 大太鼓 花かほころぶ 日を待ちわびて 3/11

沈丁花 春咲きなずむ 香りかな 3/30

寒続き 花咲きあぐね 日々過ぎぬ 人の世はもう 年度末でも 3/31

花の雨 赤き新芽の 不思議かな 4/27

いつになく 寒さが続く 四月尽く 4/27

すわり居て 髪の上まで 透き通る 6/17

風の声 機紡ぎとは 逢ひ惑ひ からくれないの 筆をねぎらふ 11/6

強き風 葉が鳴き揺れる 竹林 昔ながらの 姿とどめよ 12/10

冬空に しばし留まる 黒き鷲 我の代わりに 思い告ぎ行け 12/10

我鳴らす 小さき鈴さえ 感じ取り 便りを返す 君ぞ愛しき 12/10

2013年

名残り寒(さむ) 縦書きソフトの 懐かしき 2/11

春の陽に 降りて飛びたつ 四十雀 風吹くときも 止むときも 3/14

夏近し 双葉伸びゆけ 花畑 4/28

道端に 梅の実ひとつ 夏を告ぐ 5/28

夏の湖(うみ) 赤子の笑顔 ひとしずく 8/8

鉢の号 剪定まよう 蕃茉莉 8/29

行く秋や 十五夜前の 刻(とき)の音 9/16-18

2014年

  (年頭挨拶あるいは返歌) 1/1
若菜摘む 衣手のすそ 降る雪の ひとひらをさえ 君は見つらむ
ねばたまの 夢にも見れど 我が君の 顔をも知らず 時ぞ過ぎゆく

枯葉色 風に覆われて 遊歩道 蕾の紅に 人それぞれを往く 1/14-20